性と書いてありますが「せい」ではなく「さが」と読んでくださいね。
なんか期待しちゃいました?期待外れですか?あーそうですか。そうーですね。
日本人の特徴として、几帳面ってのがありますよね。おおざっぱだぜ!と言っている人もいますけど、そうは言っても、諸外国の方々に比べたら平均値としたら几帳面ですよね。
礼儀とか作法に型があったり、仕事は間違いがあっちゃいけないし、子供の頃は折り紙とかやってるし、なんだかんだ言って就活の時は服装をしっかりするし。
この「しっかり」とか「ちゃんと」っていうのが、日本人は大好きなんですよね。レベルが高いものほど「ちゃんと」しているっていう感覚が根付いていますね。
あたしも それ 嫌いじゃないけど・・・・。
でも、この性分が悲劇を生んだりすることがありますね。
とりわけ、ここで言いたいのは英語の習得ですね。
「間違って言ってはいけない。」という呪縛にとらわれているので、なかなか自信をもって話すことが出来ないし、そんなんだからどんどん手を(口を)引っ込めてしまう。
「間違っても良い」「伝われば良い」という感覚が、まず無いと外国語習得は難しいんじゃないかなー。
だから学校で教えちゃいけないのかも?知れない。
学校っていうのは、もう「ちゃんと」してなんぼのところですよね。
服装規定なんていうものがあって、髪の毛がちょっとでも眉にかかっていようものなら、イバラの道を歩まなければならない。(服装検査担当教師のお説教、担任、学年主任、生徒指導主任)生産性悪すぎ。
そんな環境で、「間違ってもいい」と言われても、なかなか感覚の切り替えが難しいですよね。もう制服着ている時点でだめでしょー。
まぁ、そんなわけで日本人は「ちゃんと」している事が求められる社会を作っているわけで、ちゃんとした「ものづくり」やちゃんとした「サービス」で世界から認められているんですが、それゆえに中々英語が出来ないという悲しさを背負っていて、そんなところがたまらなく愛しく思えるわけであります。
え?あたし?もちろん英語ダメです。
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